| 2001年 |
4月〜
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・英語学習に目覚める。このとき群馬大学大学院1年。23歳。
・英語を極め、仕事にしたいと考える。
・スポーツ選手の通訳の存在に惹かれる。
・サッカー選手、そして英語といったらイギリス、ということでプレミアリーグで活躍する
日本人選手の通訳をしようと開眼。
・とりあえず海外に出る必要性に気づき、手軽さからオーストラリアへのワーキングホリデー
を決める。
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| 2002年 |
4月〜
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・大学院1年を終了後休学し、オーストラリアへ出発。
・オーストラリア在住中、World
Cup 2002が開催され、欧州人を含む多国籍の友達と応援。
それによりサッカーの国際性を強く認識する。
・通訳になるためには、英語力を高める時間と、そのチャンスを手に入れるためのコネクショ
ンが必要と考え、まずはイギリスでビジネスビザをとることが重要であると認識する。
・日本での大学院卒(現時点で見込み)という学歴を活かし、イギリスの大学院にすすみ、
現地で仕事を手に入れようと考える。
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| 2003年 |
2月
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・オーストラリアから帰国。
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4月
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・大学院に復学。24歳。
・英大学院に進むために、TOEFLの勉強を開始。
それと同時に、英の大学を検索。現時点ではコンピュータ系の仕事を英で見つけようと
考えていた。
・渡英を、資金と英語力の問題から2005年9月に設定。
・ひたすら大学院と英語の勉強の両立。
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12月
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・初TOEFL。200点。ちなみに大学院進学の最低基準として213点が目標。
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| 2004年 |
4月
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・会社に就職。イギリスで仕事を得るために、コンピューター技術を身に付け武器にしようと
考えていた。
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7月
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・会社を退社。TOEFLの勉強時間の確保と資金調達がこのままでは無理と判断したため。
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8月〜
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・アメリカにあるスポーツ経営学という勉強分野を知る。どうせ勉強して仕事をみつけるなら
サッカー業界に直接なぐりこんでしまったほうが近道では?と考える。
・フットボールビジネスに関する学部がイギリスには存在することを知る。調べた結果以下
の大学に存在することが判明。
University of Liverpoll
Birkbeck University of London
University of Leicester
そこでこれらの大学院に絞込み、検索を開始。
・検索の結果、非常にレベルが高いと判断したため、念のためにスポーツビジネスでも検索
し、いくつかの大学を発見した。その中から以下の2つを検出した。
London Metropolitan University
Coventry University
・試行錯誤の結果、以下の4つに絞込んだ。
University of Liverpoll
Birkbeck University of London
London Metropolitan University
Coventry University
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12月
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・5度目のTOEFLでついに220点獲得!ちなみに2回目197点、3回目200点、4回目
210点。
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| 2005年 |
1月
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・各大学から申請書をダウンロードし、エッセーや推薦状の製作に取り掛かる。
・資金調達のため、ローン会社などを検索。
・成績証明書、学位証明書を取得。
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3月
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・すべてのapplicationを発送。
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4月
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・London Metropolitan Universityから合格通知(Unconditional
Offer)が届く。
・Cventry Universityから合格通知(Conditional
Offer)が届く。
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5月
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・University of Liverpoolから不合格通知が届く。
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6月
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・Birkbeck University of Londonから合格通知(Conditional
Offer)が届く。
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